文部科学大臣奨励賞
「サクラマス −
じいちゃんが教えてくれたこと−」
(作文)

菅原 紗也香

北海道
札幌市立富丘小学校

5年
「夏のまぶしい太陽も、森のなかだとこんなにやさしい光に変わるのかぁ。」
 ぼくは、さっきから川べりにすわって、キラキラ光る水面をぼんやりと見ていた。
 ピチャピチャ、パシャッ。
「あっ、さかな!」
 うろこが銀色に光った。あわてて目で追うと、水草のあいだを小さなさかなが、すばしっこくおよいでいる。それも、数えきれないぐらいたくさんだ。
「やだなぁ、いまごろ気がつくなんて。ぼくってほんとに抜けてるよなぁ。」
 思わず、ため息が出た。
 そうなんだ、ぼくはいつもこんな調子で、学校でも集中力に欠けるというか、みんなよりワンテンポおくれるというか……。だから一学期の成績も、ぜんぜんさえなかった。
「五年生なんだから、もっとしっかりしてよねぇ。」
 ガミガミ言う母さんの前でしょげかえっているぼくを見て、
「夏休み、じいちゃんのところへ行ってみるか。環境が変われば、少しはヤル気も起きるかもしれないぞ。」と、助け舟を出してくれたのは父さんだった。
 そういうわけで、ぼくは父さんのいなかにひとりでやってきた。でも、あいかわらず、のんびり屋のままだ。
「おうい、シュン、昼めしにするぞぉ。」
 じいちゃんの声だ。ぼくのおなかがグーッと返事をした。
「そんなところで、なにを見てたんだい。」
「さかな。ほら、小さいのがあそこにいっぱいいるでしょう。」
 ぼくは、水草のしげみを指さした。
「ああ、ヤマメか。ことしの春に生まれたやつだな。パーマークっていってな、腹んところに緑色のまるが並んでるだろう。」
 目をこらすと、うん、見える、見える。へぇ、なかなかかわいいなぁ。ヤマメって、たしか清流にしかすめないさかなのはずだ。一度だけ塩焼きを食べたことがあったけれど、けっこうおいしかった。
「あっ、あれ、なに!」
 いきなり現れた大きなさかなに、ぼくはビクッとなった。
「ほう、サクラマスだな。いやぁ、りっぱなもんだ。」
 ヤマメの群れをぬうように、ゆっくりとおよぐサクラマス。でっかいなぁ。なんてかっこいいんだろう。ぼくは、もうすっかり見とれてしまった。
「さぁ、めし、めし。」
 じいちゃんにうながされて、あわてて立ち上がったけれど、川べりになら何時間でもいられそうだった。
「ねぇ、じいちゃん。さかなって、いつまで見ててもあきないもんだね。勉強だと、こんなに長続きはしないんだけど……。」
「シュンは勉強がきらいか。」
 じいちゃんが、ちょっと心配そうな顔で聞いてきた。
「ううん、きらいってわけじゃないけど、あんまりとくいじゃない。どうしてこうなるんだろうって考えてるうちに、だんだん教科書とちがう方向に行っちゃったりして。友だちにもときどき、とろいって言われるんだ。ぼくってさ、シュンって名前なのに、ちっとも駿足でも俊才でもないんだよね。いっつも注意されてシューンとなって、もしかして落ちこぼれなのかなぁ。」
 ぼくがぼそぼそ言うと、
「ガハハハハ……。」
 じいちゃんは、ものすごい声で笑いだした。
「なぁ、シュンは、サケは落ちこぼれほど出世するって話、知ってるか。」
「えっ?」
 ぼくは、じいちゃんの顔をのぞきこんだ。
「シュンは、サクラマスがずいぶん気に入っていたようだが、あれは落ちこぼれなのさ。」
 どういうことだろう。ぼくにはまるでちんぷんかんぷんだ。
「サクラマスもヤマメも、実はいっしょに生まれた兄弟なんだ。」
「ええっ、うそぉ。だって大きさがぜんぜんちがうじゃない。」
 ついさっき、ぼくはこの目で、サクラマスとヤマメを見てきたばかりだ。それが兄弟だなんて、いくらじいちゃんが言ったって信じられっこない。
「一生を川の上流ですごすものがヤマメ、海へくだって川にもどってくるものがサクラマス。落ちこぼれのヤマメが、サクラマスになるってわけだ。」
「なに、それ?」
 じいちゃんの話は、つまりこうだ。
 春になって、ヤマメの赤ちゃんがいっせいにたまごからかえる。そのときから、生きるためのものすごい競争が始まる。大きなさかなや鳥のえじきになってしまうものもたくさんいる。たとえうまく逃げられたとしても、エサにありつくのはひと苦労だ。
 一年後、強いヤマメはエサをたらふく食べておおきくなった。なわばりだって持っている。けれども、弱いヤマメは小さいまま。そして、川を追い出されて、海におりてサクラマスになる。
「なんだか負け犬みたいだね。」
 ちょっとガッカリしたぼくを見て、じいちゃんはつづけた。
「でも海は、川とは比べものにならないくらい栄養がたっぷりだぞ。うまいエサをいっぱい食って、波のあいだをぐんぐんおよいで、サクラマスは大きくたくましくなるのさ。サクラの咲くころに川をのぼってくるすがたは、そりゃあ、いさましいもんだ。」
 ぼくは、さっきのゆうゆうとしたサクラマスを思いうかべて、うれしくなった。やっぱり、そうこなくっちゃ。
 じいちゃんの家のお昼のおかずは、ぐう然にもサケだった。ぼくの口のなかのこのサケも、きっといろんなドラマがあるんだろう。
「おいしいね。」
「うん、うまい。このベニザケも、もともとはちっぽけなヒメマスだったんだぞ。ほぅら、落ちこぼれほど将来大きくなって、こんなに人間の役に立つ。どうだ、シュン、もう一切れ食うか。」
「えっ、じいちゃんのいう出世って、もしかして、このこと?」
 ぼくは、ふきだしそうになった。
「そりゃあ、そうさ。でも、それだけじゃないぞ。サケには、海の栄養を陸にはこぶという大事な役目がある。シュンはテレビで、オオワシやヒグマがサケをつかまえるところを見たことがあるだろう。サケがのぼる川には、動物がたくさん集まってくる。すると、まわりの森も豊かになる。つまり、地球生態系における物質じゅん環、ってやつだ。いやぁ、しかし、サケのちからというのはほんとうにでっかい、でっかい。」
「ふぅん。」
 じいちゃんの話は、どんどんスケールが大きくなっていく。ぼくには難しすぎるところもあったけれど、地球上のいろんな生き物のいのちをサケが支えてるってことだけは、なんとなくわかった。
「だからさ、落ちこぼれなんか、はじめっからいないのさ。シュンも勉強がにがてのようだが、なにも急がなくていい。ゆっくり、じっくり取り組んでごらん。シュンは、まだまだチビのヤマメじゃないか。これから心にも体にもいっぱい栄養をつけて、がんばってみればいいのさ。」
 そう言って、じいちゃんはうなづいた。
「ひょっとして、これ、お説教だったの。」
「アハハハハ……。」
 じいちゃんは、顔をしわくちゃにして笑っていた。
 でも、こんなお説教ならうれしいな。母さんの小言とちがって、ちょっとは勉強しようかなって気になってくる。
 そうだ、夏休みの自由研究、サクラマスについてまとめてみよう。そうと決まったら、善は急げだ。
「じいちゃん、ちょっと出かけてくるよ!」
 ぼくは、もう一度、川べりをめざしてかけだした。
〈終わり〉